アルジュナ・ハート Meets エヴァ



 わたしたちの日常は、宗教的終末論が示す 「世界の終わり」 とか、最後の審判的な "人類の清算" には、

決して直面しないという前提のうえに営まれている。

 これは、地震はこないだろう的な、確信をもちようのないネガティヴな予期とは違って、進化論の肯定に始まる、

キリスト教的世界観と科学的世界認識との分岐以降、その後者にすべてを託して社会を動かしてきた日本に
おいては、完全な虚構としてポジティブに否定し去られる、大いなる 「子供だまし」 だ。


 そうした状況の日本が、得体の知れない冷酷な破壊者である "使徒" の襲来に対して、人類の最終兵器たる

 "エヴァンゲリオン" をもって対抗する。 今までに、こんな壮大な、そして細部において非常にリアルなアニメは

他になかった。
 
 このアニメの魅力のひとつは、なんと言ってもその不可解なストーリーの謎解きにある。'95から'97にかけて

社会現象として注目を集め、そして今だにネットのさまざまな場所で"エヴァ" は語られ、呼吸し続けている。 






 いま思いつく、疑問をココにあげてみよう。  (順番はストーリーの流れと無関係)


 ・「死海文書」には何が書かれていたのか?

 ・カヲルくんが言った 「リリン」 ってなに?

 ・レイはどうやって産まれた?

 ・ゼーレってどんな組織?

 ・最終形のシナリオを想定していたのは誰か?

 ・初号機のコアには碇ユイがはいっているとして、0号機と2号機のコアには誰が
  入っているのか?

 ・エヴァ・シリーズに人は乗っているのか?

 ・ゼーレのじじいたちが、途中から「板」になったのはなぜか?

 ・使徒と人間はどういう関係にあるのか?

 ・ATフィールドと人間の関係は?

 ・アスカの最後の言葉 「気持ち悪い」 は、何にどう気持ち悪いのか?

 ・ラストシーンはシンジとアスカだけが生き残った(つまりアダムとエヴァになった)
  ということなのか?

 ・リリスと融合したレイやカヲルはなにになったのか?




 ネットでいろいろ調べたが、いまひとつすっきりした答えにならないので、知っている方は教えてほしい。

 「死海文書」 のように、実在してしかも一部公表されてない部分がある、なんていう、謎めいた素材を

使ったのは効果的だったわけだが、精神分析ゲームのようなシーンは、終盤で展開するにはあまりに突然で、

「状況が差し迫っているのに、どぉすんのぉ?」 っていう苛立ちと、「言ってることがわかんない」 っていう

視聴者を突き放すかのような別世界が急展開されたために、後半の2話は賛否両論だったようだ。


 シンジほかさまざまな登場人物たちの心情の開示というスタイルで、1度見ただけでは展開が追えない

グチャグチャな気持ちの揺れを見る側に一方的にぶつけていて、見ていてクラクラした。 言ってることは、

「どうやって自己決定するか」 ということだ。

 存在論的に目の前に立ち現れる 「記号」としての他者から配達された郵便は誤配されてる、つまり、

目の前に存在する他者として自分の頭の中に形づくられたモノは、自分自身が意味付けして形づくっており、

他者が発した他者自身の記号とは、断絶していて 「正しい理解」 ということが成立しない。 


 とするならば、誤配される他者の記号に影響されようとされまいと、自己決定は自分の頭の中に存在する

カードでするほかない、という、当たり前といえば非常に当たり前で、「だから何?」って言われそうなほど、

オチのない(救いのない)作品になってしまったという感じ。



 「なぜ、エヴァに乗るのか?」 こう繰り返し自問し、ミサトの(あるいは全人類の)期待という"予期"の

カードを引いてしまう(権力によって『引かされてしまう』)シンジのつらそうな立場に、ボクたちは共感する

ところが大きい。 ボクたちは誤配された郵便によってのみ外界を認識・形成し、そこに無言の権力の声を

聞いて、パブリックな世界における自分の在りようを自己規程してしまう。


 ある役割が期待されている世の中。 そこにハマリ、エヴァに乗って世界を救っても、他者を自分だけの

従属物にすることは、所詮かなわぬ夢だ。






 






「あんたが全部あたしのモノにならないのなら、 



              
 あたし、いらない!」  















   「全的に所有し尽くしたい」 という欲望が導く、ひとつの可能性としての
















       "人類補完計画"




















 分かり合えるはずもない "他者" の中に自分の存在を刻み付ける欲望。それは、死後の世界の不在を

遺伝子的には理解しているボクたち人間の「今・ここに存在していることの一回性」への

執着。お互いがそうした欲望にとりつかれているために対立し傷つけあうのならば、互いに傷ついてしまう

ハリネズミの皮をいっそ無化できないか? という精神分析的な展開のそれこそ「補完」 としての機能しか、

この計画には役割がない。

 そうした事情への理解は不完全ながら、他者の存在を肯定するという、あまりにも単純でそれゆえもっとも

基本的な在りかたの選択をシンジがしたことで、ふたたび絶対的な他者として現れたアスカが、厳しき他者

として以前どおりのトゲを立てて「きもちわるい」 と言う。 


 自他の区分が、いまだ厳然として保持されていることを、アスカはシンジに触れることで確認し、確信する。 

そして、ミサトの部屋で一緒に暮らしていた頃のままの、暖かく、やわらかい毛布のような擬似家族体験の

ときの高飛車な(素の)自分を取り戻して発したラストでのコトバ。 




 ゼーレのシナリオとしての 「人類補完計画」 は、人類の意志を無視した「残酷な天使のテーゼ」に則って

人類を消し去ろうとする 「超越者」 の意志に基づいている。 そもそも、補完が必要なほど人類は

行き詰まってはいないし、自己‐他者問題を人類すべてが等しく悩んでいるわけでもない。






            ・・・・・ こう考えるのもアリかも ・・・・・























    誰の意志?





















       












 積極的に 「有り得ない」 という確信を抱いて新世紀の日常を、新世紀らしい普通さで生きる

ボクたちの前に、「アニメの中」 という限定つきではあっても、有無を言わさず突きつけられる

「残酷な神のシナリオ」に、ボクたちは魅了され、のめり込んだ。 「残酷な」 という表現は、人間の

生きる権利や幸せや築き上げた文明や、その他日々繰り返され、存続を疑わなかったすべての

事物事象に対するわれわれ人間の執着心から発せられたものだ。 使徒は、われわれがその存在

すら知覚せずに踏み潰し、蹴散らしているアリや微生物のように、なにか人知を超えたシナリオに

沿って行動し、地表の日常生活(このアニメの中でも比較的頻繁に描かれる等身大の日常生活)を

蹴散らし、人類にとって「残酷な」終末をめざしてジオ・フロントのアダム(実はリリス)に近づく。


























                    「なんのために?」

























 その答えを持ったとき、ボクの 「アルジュナ・ハート クエスト」 は終了するだろう。














 エヴァをめぐる、その他の状況。



 エヴァ関係のHPで、エッチ系の小説や画像を含むサイトがやたらと多いのが気になる。 

「憂えている」 という意味での 「気になる」 とは、チョッチ違うのが問題なんだなぁー、これがぁ。


 この映画自体が、かなりにエッチだ。 

 エッチな興味のほうが強いのに、それには一切触れず生真面目にセリフをたどってストイックに

謎解きをするのが、どうやら一部のアニメファンの仁義のように見える。 

まぁ、あからさまエッチ系の作品も山ほどあって、ガイナックス自体もエヴァキャラの

脱ぎ脱ぎカレンダー2001版を発売してるので、いろいろ探してお楽しみくださぁーい!









では、エヴァ系のサイトをリンクしときます。


「死海文書」について詳しいサイト

    http://www.dma.aoba.sendai.jp/~acchan/EVA/

      ・青森大学講師の小久保温氏の、本来の「死海文書」とエヴァ的な
        「死海文書」ほかについての考察。







オタクの楽園 「2ちゃんねる エヴァ板」


       http://tv2.2ch.net/eva/


        ・シンジが別にめずらしい存在でもなんでもないことが理解できる、禁断の暗黒サイト。
           長いこと行ってると、慣れてくるのが自分でも怖い・・・・・。
 









                                

2000年冬