千曲市ねこ同盟 
みなさん、こんにちは!

管理人宅のねこ、みぃーちゃんです。

千曲市における、ねこと人間の共生のあり方を模索してゆくこのサイトに、みなさんのお力を貸してくださいね。


こんにちは、管理人です。
保健所で処分されていく猫は減りません。管理人もそこに加担しています。
日々、あれこれ考えても答えはでません。みなさまのご意見をお寄せください。
とりあえずBlogの猫関係エントリーにコメントください(↓)。
http://arjunaheart.cocolog-nifty.com/blog/cat11712644/index.html
ノラ猫のエサヤリについて

   <野良猫との共生に向けて>

1.ご近所の迷惑になっている「エサやり」について
ノラ猫はどこにでもいますが、エサをやらない状態では、限られた地区内にノラ猫が集中することはありません。自分たちの力で生きているノラ猫は、自分たちが生きられる程度のエサが見つかる範囲を縄張りにして住み着きますので、苦情が出るほどの悪さははしません
。しかし、エサやりによって豊富なエサが供給されると、縄張り意識も消え、限られた狭い場所に多くのノラ猫が住み着き、周辺の庭や駐車場などは集まったノラ猫のトイレになってしまいます。そうした状態になると、周囲には悪臭がたちこめ、いたるところにフンやおしっこが確認されますので、一目でそれとわかってしまいます。
近所の住民は、庭先や駐車場のフンやおしっこによる悪臭などで大変な迷惑をこうむっているにもかかわらず、近所との人間関係が悪くなることを心配して、なかなか口に出して苦情を言うことはありません。これは「言われないから、許されている」ということではなく、苦情を言うことで、近所付き合いに悪い影響が出ることを恐れているために、黙って我慢しているのです。

2.「過酷な環境で暮らすノラ猫がかわいそうだからエサを与える」という意見について
ノラ猫を集めてもいい場所というのは、人間社会にはほとんど存在しません。しかし、現にノラ猫は人間社会で生活しています。昔から人間の社会は、ある程度の密度まではノラ猫を許容するようにできていると考えられます。
彼らは、ネズミや昆虫、魚など、エサとなる生物が確保できる場所に居付き、自分の力でその縄張りを守りながら暮らしてきました。時にはサザエさんちのお魚をくわえて逃げるなどのいたずらをすることもありますが、密度が薄いため、さほど問題視されることはありませんし、自衛の手段を講じれば、そうしたいたずらは人間の側で防ぐことができます。冬は凍てつく屋外にいながらも、暖かな毛皮と寒さをしのげる人家のひと隅によって、彼らはノラとしてしたたかに生き延びています。それが自然の姿だと思います。こうしたノラ猫の生き様を「かわいそう」と考えるなら、キツネやタヌキ、ひいてはイノシシからカモシカまで、あらゆる野生動物がかわいそうだ、ということになってしまいます。
それよりも、必要以上にノラ猫を集めてエサやりをおこなうことで、被害が問題視され、ノラ猫に対する住民の感情がどんどんと悪くなっていくことのほうが、猫にとっては大きな問題であると思われます。エサやりは、猫を「悪いもの」、「迷惑なもの」と考える住民を増やし、人間との共生関係を壊してしまう行為であり、人間と猫との敵対関係を助長するという意味で、逆に、ノラ猫にとってかわいそうな状況を作り出しているともいえます。駆除してほしいと思う住民が出るほどノラ猫が増えるのは、やはりエサやりが大きな原因のひとつです。
ノラ猫へのエサやりをやめても、ノラ猫が飢え死にすることはありません。しかし、エサがないから一家そろって引越しをするかといえばそんなことはなく、エサを探して近所の家に入り込んだり、池の金魚を取ったり、生ごみを荒らしたりするようになります。ある程度時間がたてば、エサやりによって過密状態になった地域が適正な数にまで戻ることになると思われます。しかし、人間の勝手でエサをやったり、それをやめて飢えさせたりすることは、ある意味で動物への虐待です。かわいいからエサをやり、増えるのはネコの勝手だから知らない、ということでは、生命に関する重大な問題だけに、あまりにも無責任であると言わざるを得ません。今いるネコの面倒は死ぬまでみる。そして望まれないネコが増えないように繁殖をコントロールする(避妊・去勢)、という姿勢で臨むほかに道はないように思います。
ノラ猫は本当に保護を必要とする弱い存在なのかを、市民みんなでもう一度考えてみる必要があると思います。むしろ、快適な家で暮らしている家猫の方が過保護で不自然な存在なのではないかということも言えます。いくら命ある動物であるといっても、人間は牛や豚や鶏を殺して食べますから、猫だけが特別と判断する理由はどこにもありません。「毛虫はキモチ悪いから殺す。猫はかわいいから保護する。牛はおいしいから食べる」というのが一般的な人間の心情ですが、同じ命を持って生まれてくる生き物です。命の重みに差はありません。
つまり、人間は人間だけの都合で存在していい生き物と、存在してはいけない生き物を決めているわけです。猫も、愛護されるべき動物ですが、人間社会の中での居場所は、人間に迷惑にならない範囲でしか与えられていないのが実情です。その範囲が破られたときには、人間は自分たちの生活を守るために、猫の命をコントロールすることもあるのです。まして、不自然に集まってしまった場合、その原因を作ったのが人間であれば、苦情の矛先が特定の個人に向くのは当然のことと言わざるを得ません。

3.今後のこと
東京などの都市部では、広い公園の植え込みの中などに「猫の家」を設置している住民がいます。千曲市の場合は公園も小さく、人家が密集しているため、人の迷惑にならない場所に「猫の家」を作ったり、エサ場を作ったりすることは極めて困難です。
エサを与えることの是非は先ほど書いたとおりです。千曲市役所環境課によれば「絶対に与えないで」とのことです。
現実を真剣に考え、ノラ猫と人間が共生できる社会の実現をお考えでれば、まずは情報収集から始められるのが良いだろうと思われます。残念ながら、インターネットで検索できる千曲市周辺の情報はありませんでした。
そこで、全国に目を向け、猫助けを行う団体の現状や考え方、活動の様子を見ることができるサイトを、いくつかご紹介します。

■CAT Information Network

■NPOねこだすけ

■ほっとはあとぶろぐ

ねこだすけ」は、全国組織です。入会は誰でもでき、年会費によって運営されています。同じ長野県、あるいは千曲市の住民が入会しているかもしれません。「ほっとはあとぶろぐ」は、実際に、捨てられた子猫の里親を探したり、活動の様子を報告したりして頻繁に更新されています。特に、たくさんのリンクがあるので、情報を探すにはいいサイトです。

4.何が大切か
最も優先されるべきなのは、近所の住民にかけている迷惑の原因を断つことだと思います。人間の社会では、ノラ猫の生活云々の前に、人間の快適な暮らしが重視され、最優先されます。人間と同じ空間に生きるノラ猫と、どう付き合うかという大問題の答えは今のところありませんが、少なくとも、人間に迷惑になる付き合い方はだめだということだけは言えます。
ノラ猫に対する苦情がない社会を実現するためには、増えすぎた地域における「地域ネコ制度」のような繁殖のコントロールによる密度の低減が図られる必要があり、長い時間と大きな費用をかけて地道に進めていかなければなりません。今いるネコが子供を産まずに一生を終えれば、相当な数の「不幸なノラ猫」の発生が抑えられます。
現代の社会において、「正しさ」や「価値観」は個人ごとに違います。我われ人間は、それぞれに「価値の刀」を振りかざしたり、「法律の刀」で切りつけたりして、「正しさ」を競い合い、小競り合いを続けています。しかし、本当に求められているのは、仲良く付き合う「知恵」と「忍耐」です。
誰のモノでもないノラ猫が、我われ人間の社会のあちこちにいます。彼らは誰にも帰属していません。スズメと同じで、人間に飼われていなくても人間の社会の中で生きているのがノラ猫です。つまりこのノラ猫問題は「誰かのせい」として無関係でいられる問題ではないのです。自分が暮らす地域のノラ猫に関する問題は、その地域に暮らす人々が知恵を出し合って解決すべき「地域の問題」であると考えます。
★猫は、「人間界」という自然の中に生きる野生動物である。

 むやみに手を出すから乱れるわけです。猫は人間社会の余剰に乗っかって生活している野生動物ですから、えさなんかやらなくても生きられるのです。
 人間と付かず離れずの距離を保ちながら生活しているネコですが、ただかわいいからというだけで外ネコにえさをやったばかりに、爆発的に増えて近所の迷惑になってしまう事例がたくさんあります。
 本当にネコのことを考えたら、生態を知らずに、人間の一時的な自己満足や哀れみでおこなう
「エサやり」などは、不幸なネコを増やすだけで、ネコを嫌う人間を増やす結果にもなりいただけません。
 このサイトは訪問者が極めて少ないことが特徴の個人サイトなので、もう少し様子を見て、本当に千曲市のネコのことを考えてくれる市民が増えるようなら、掲示板などで情報交換しながら、さまざまな企画をやって行きたいと思っています。
 ただいまMy Blog「アルジュナハートの真実」にて「千曲市ねこ同盟」のカテゴリーと、いくつかのエントリーを掲載しております。ご意見、ご提案のある方は上記エントリーのコメント欄へ書き込みをお願いします。
 今後の私の立場としては、ネット上の情報のみ発信するだけで、オフなどで積極的に活動の先頭に立つことは考えていません。そうした立場に立ってくれる千曲市民がいらっしゃれば、ご協力します。